強い風がふきやられ、獣が騒ぐ。そんな、いつも通りの妖怪の山。
昔は鬼が治め、天狗や河童が住み、規律で守られ、外部からの侵入を許さない。ここは、閉鎖的な社会組織みたいな所。
そして、妖怪の山の中腹には射命丸文の家が建っている。
文とは、文々。新聞の制作者である烏天狗だ。幻想郷最速と謳われる翼を持つ彼女は、毎日ネタのために夜まで飛び回っている。
そして、それは今日、三月十四日も変わることはない、はずだが……どうやら今日は早めに帰ってきているようだ。
まだ日も沈まぬ時刻。文は自分の家の前に降り立った。
既に三月だ。しかし、今日の寒さは二月にも劣らない。
そんか寒い気候の中飛んで来たためだろうか、文は腕をこすりながら、かじかむ手でドアを開けた。

「うう……寒いっ!た、ただいま……」
「あれ?おかえりなさい」

玄関の扉を開けると、そこには白狼天狗がいた。この家にはよく遊びに来ているようで、文は彼女がいることになんら違和感を感じてはいないようだ。
彼女は犬走椛。文の部下であり、恋仲の関係にあたる白狼天狗だ。
椛は文の部屋を片付けている最中だったようだ。その手には普段持っている剣と盾ではなく、一本の箒が握られていた。

「うぅ……もみじぃぃっ!」

文は履いている下駄をそそくさと脱いで、椛に突撃した。文は椛の胸に収まる形となった。
椛と文は外では同じくらいの背のように感じるが、実際は文が下駄で底上げしているからそう感じるだけだったりする。
椛は突然の突撃に驚いたようだったが、にっこりと微笑みながら、右手に持っていた箒をその場に落とし、その腕を文の背中にまわす。
そして、椛の左は胸の位置にある文の頭をよしよしと撫で始めた。

「どうしたんですか?文様。今日はこんなに早く帰ってきて」

撫でながら、椛は首を傾げて尋ねる。しかし、文は何もいわず、無言のまま。
それを焦れったく思った椛は身を少し屈めて、文のかわいらしい耳を甘噛みした。
文は突然の刺激に、ひゃんっと声をあげる。
そして、そんな文を見てにやにやしている椛を上目遣いで睨んだ。

「な、なにするのよ」
「文様が何も言わないからですよ」

椛は文の頭を撫でていた手を滑らせ、頬にその手を沿える。

「文様が困っているなら、私は力になりたいんです。だから、教えてください」

椛は真剣な顔つきで文の顔を真っすぐと見る。そんな椛を見ていた文は普段ののんびりした彼女とのギャップにより、顔が真っ赤になってしまう。
そして、口をつぐんでいた文は観念したようで、ため息をつきながら、事の次第を話しだした。

「…………じ、実は――」





「つまり……み、みんなが甘すぎて逃げてきた……ですか?」
「うん。そうなの」

文の口から出たのは驚くべき内容だった。
曰く、あの貧乏巫女が山の巫女にお返しを渡していた。
曰く、医者がお姫様に媚薬入りのクッキーを渡し、それに気づいたお姫様が月の兎にそれを渡したことにより、月の兎は嘘つき兎を襲った。
曰く、あの男前な地底の鬼が橋姫に手作りのお菓子を渡した。
曰く、天人が自分の大事な桃を龍神の御遣いに渡した。
他にもさまざまなところから、このような浮かれ話が飛び込んできたそうだ。
寒い空気の中なのに、その連中のまわりだけは暑かったのだそうだ。

「……今日はホワイトデーだから仕方ないのでは?」
「夫婦喧嘩ですら犬は食べないんだから、惚気話を烏が食べれるはずないじゃない」
「といわれましても……」

あはは、と椛が苦笑を滲ませる。

「でも、文様」
「ん、なに?」
「別に文様甘いもの嫌いじゃなかったです……よね?」
「まぁ、ね。好きよ?女の子だもの」

文がそういうと、椛はそうですか、といいながらにっこりする。
そして、文は目で椛におねだりする。
それをわかった椛は頬に触れていた手を顎にずらし、顎を少し持ち上げると、文に触れるだけのキスをした。
数秒間そうしていて、二人は離れる。しばらく見つめ合っていたが、椛が口を開いた。

「ちょっと文様。取りに行きたい物があるので……少しいいですか?」
「えー」

文はすごく嫌そうな顔をした。そして、椛に回している手に力をこめた。文にひっつかれて、椛は再び文の髪をゆっくり撫でる。
文は、椛がどこかに行くのを防ぐようだ。

「まだこうしていたいんだけど」
「すぐ戻ってきますから、ね?」

椛がやさしく、撫でている腕でぽんぽん、と頭を二度だけ軽く叩いた。
すると、文が椛の胸の中で、しかたないわね、と呟いた。
抱きしめていた腕の力を緩める。
すると、椛はするりと腕なら抜け出て、玄関へ向かう。
そして、扉を開けると、いってきます、と言ってどこかへ向かった。





しばらく、文が待っていると、椛は何か袋を持って戻ってきた。

「文様、ただいま」
「ん、おかえり」
「……随分とだらけてますね」

文は付けていたマフラーを取り、自分の毛布に包まり、まるまっていた。
毛布から顔だけをだし、帰ってきた椛を見上げる状態になっている。
椛は呆れながら、文の隣にそっと座り込む。

「なにしてきたの?」
「これを取りに行ってたんです」

椛は胸元をごそごそと探ってかわいらしいピンクの包みを取り出した。
それは、甘い匂いを漂わせて文の目の前に差し出される。

「家に置いてあったのを取ってきました。文様いつもより早かったですから」

椛は毛布の中の文の手を探り出し、ピンクの包みをその手に持たせた。

「本当は文様が帰ってくる前に取りに行くはずだったんですけどね」
「椛、これって……」
「開けてみてください」

椛が口角を吊り上げ、にっこりと彩に笑いかける。文もそんな椛の笑みにつられて笑う。
そして、文は頷き、今だに毛布の中にあるもう片方の手を取り出し、包みを縛っているリボンに手をかける。
リボンは、文がひっぱるとおとなしくするりと解け、中に入っているものが――匂いをあたりに充満させると同時に――文の眼前にその姿を示した。
それは、クッキーだった。多種多様な形に整えられ、その一つ一つにかわいらしいデコレーションが施されているものだった。

「文様。ハッピーホワイトデー、です」
「……あ、ありがとう!」

文は、顔をぱぁぁ、と輝かせて布団から飛び出してくる。
そして、手に持っているクッキーの香りを味わい、おいしそう、と呟いた。
文の嬉しそうな顔に、椛はそれだけで満足できたようだったが、いつも文にいたずらされる椛は、文にいたずらを仕掛けることにしてみた。

「それじゃあ文様。あーん」

椛がクッキーの一つをつまみ上げて、文の前に差し出す。ようするに、文に食べろと示しているわけだ。
文はいきなりの椛の行動に顔を少し赤らめて、椛から目線を反らす。

「なんでそうなるのよ……恥ずかしいじゃない」
「え?さっき聞いた話ほどではないじゃないですか」
「そう………?」
「そうですよー……文様、私のクッキー食べてくれないんですか……?」

椛は耳を垂らし、尻尾を力無く倒した。そして、少し下に目線をずらし、自分が落ち込んでいることをしめす。
すると、文が焦ってきた。

「し、仕方ないわね!はい、あーん」

文は口を大きく開いて、椛がクッキーを口に入れるのを待つ。
椛は笑顔になり、感情に連動して尻尾を横にぱたぱたと振り始める。
そして、あーん、と言いながら文にクッキーを食べさせる。
文はもぐもぐと口を動かし、しばらくそれを堪能してから、ごっくんと飲み込んだ。

「……おいしいわね」
「そうですか、それはよかった」

文は二枚目のクッキーをつまんで、口の中に入れる。文の個人としての感想は、かなりうまい、というところだろう。
決して惚気からの発言ではない。そうであることを祈りたい。
椛は、文がクッキーを頬張り、減らしていくのを尻尾を左右に揺らしながら、楽しそうにながめている。
なんとなく、文は椛に見られていると思うと恥ずかしくなって少し目線を横にずらす。
すると、窓が目に入ったのだが、何か白いものがちらちらとなっていた。

「……雪……?椛、雪降ってる」
「ふぇ……ほんとですか!」

椛は急いで立ち上がって玄関のドアを開ける。すると、たしかに雪が降っていた。
雪がうっすらと積もり、椛が一歩踏み出せば雪に椛の足跡がついた。

「もう三月なのに……」

文が毛布をはおって玄関先まで出てくる。
一方の椛は、寒さを感じないのだろうか、かなりはしゃいでいる。
しっぽを横にぱたぱたを振り、目でわくわくを訴えている。

「文様!少し外出てきていいですか?」
「あーはいはい、どうぞいってらっしゃい」

文の言葉に尻尾がぴーんと張った椛は走って雪の山をかけ始める。
文は苦笑気味でそんな椛の姿を見ていたが、寒くなって部屋に戻ることにした。

「さて……と、椛と食べるおゆはんでも作ろうかな」

文は、いまだに作っていない新聞のことを一時的に頭の外から追い出して、椛とのんびりすることだけを考えることにした。
後で新聞を書くとき、甘さに耐えられなくて再び椛にに泣きつくことになるが、それはまた別の話―――

あとがき
この小説、最初の、文が椛に泣きつくシーンが書きたかっただけなんです。
正直言えば、この小説、もみあやだと思うんです。
なんでしょうか、この感じ。初めて書いたもみあやがこれでいいのか・・・・!?ちなみに、私はあやもみ大好きですけどね(



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